私どもの発展の軌跡
カーティスは1905年にフランク・O・カーティスによってニューヨーク州バッファロー市に 設立されました。1891年に彼の父親が特許を取得した5軸旋盤の製造とその販売を開始しました。その後、ビジネスを機械加工品の製造にシフトし、1905年から1917年までカーティスの社長として従事しました。カーティスは3名の従業員でスタートし、当時の週給は3名で$11.51でした。
1917年より1958年まで社長を務めたスコット・オズグット主導の元、カーティスは敷地を9,000sq.ft(830㎡/250坪)から25,400sq.ft(2,360㎡/710坪)まで拡張し、新たな設備も導入し、ビジネスを飛躍的に拡大することに成功しました。
1958年に ハリー・G・スミスが3代目社長に就任。ハリーは50,000sq.ft(4,500㎡/1,400坪)の建屋を買収し、10年間に亘る事業拡張に乗り出したのです。 1970年までに、カーティスは 国内における金属機械加工品の主要メーカーとして認知されるに至りました。
1978年にジョン・ホスキンズ が社長に就任。彼は製品品質の向上とお客様満足の向上に徹しました。ホスキンズの指導の元、自動車産業向け製品の製造に集中したことで、カーティスは 短期間で飛躍的な成長を遂げることが出来ました。 ホスキンズは第2製造拠点としてノースカロライナ州コーネリアス市に第2工場を新設し、同所がカーティスにとって最も大きな商権獲得の武器となりました。 そして同商権が、ニューヨーク州バッファロー市の第3工場新設へと繋がったのです。
1989年から2001年までロバート・スクイアが社長を務めました。スクイアは第4工場 として、シェルドン プレシジョン社(コネティカット州、プロスペクト市)を買収・吸収しました。 スイス製旋盤加工能力を持つシェルドン プレシジョン社を獲得したことにより、加工品のサイズレンジを加工径で0.012”(0.305mm)から3.5”(≑89mm)まで大幅に拡大することが出来ました。
ポール・ホイナキが2002年1月に6代目社長に就任しました。ホイナキは1983年に カーティスへ入社し、様々な製品開発、販売、製造等に従事した後に社長に就任しました。
2014年11月にカーティスのNY州バッファロー市及びノースカロライナ州コーネリアス市の2工場はマクリーン・フォッグ コンポーネント ソリューソンズの一員になりました。